金曜日
例の中学生が泊まりに来る。
「コンビニに行こう」とせがまれて財布係としてついていくとご隠居が写真の複写を取っていた。近所の老人ではないのでどうしてこんなところにいるのかしらと尋ねると、セブンイレブンに設置されているフジゼロックス複写機は大変良いものである上に、出来たばかりのコンビニにあるマシンは状態がよいのでちょくちょくここまでわざわざ出張って来ているそうだ。そういえば最近ご隠居がよく立ち寄るもんねえ。
それから小一時間した後に登場して中学生にA4の複写紙を渡して、
「これは概念であるから、折ったり印を付けたりしてはいけないが、A5の対角線の長さを計算して算出しなさい」と言い残して自分はさっさと銭湯に行ってしまった。9*9もあやしい中学生に面倒な宿題を出して、結局は一からおいらが説明しなきゃならないのかと眉間に皺が寄ってしまったが、これもかなりたまたま、本日の数学の授業でたまたまピュタゴラスの定理を学んだばかりだということですらすらと自力で解いてゆく。丁度その頃お母さんも登場して、私と二人して吃驚仰天である。
直角三角形の定理は分かっているのだが、概念ってなんだよと突っ込まれ、ご隠居はどうしてこんなに面倒な説明を俺に押しつけるのだろうかと思いつつも、これはただの紙ではなくて、複写されている写真の内容に意味があって、おじいさんはそれを大切にしているから、折ったり曲げたりしては駄目なのよという説明をすんなり納得してくれた上に、そんな話を聞いたら計算用紙も大事に使わないといけない気分になるねと言い出して、この中学生がなにかに敬虔な気持ちになっているところなんて初めて見てそれも吃驚。
ご隠居が戻ってきて、解法について説明をしているときに中学生が正座しているのも見てさらに吃驚。拙いながらも敬語なんか使っちゃって、尊敬されているみたいで激しく嫉妬。

土曜日の深夜に愛人から電話があり。
阿部一族読了しました」との報告を受ける。
「確かに「興津弥五右衛門の遺書」の方を最初に開いた時にげげって思ったんですけど、2頁と言わずに小さい声でぶつぶつ音読していったらどうにか終わりました。その後呼んだ阿部一族がつるつる読めて感激しました。物語の重悲しいところもよかったけれど、なにより自分がこういう本を読了出来たという事実に感動です」とのこと。俺もそう思う。森鴎外以上に編集者に感謝したい。この並び順でなかったら絶対に読了することは出来なかったんじゃないだろうか。
俺はその日、あおい書店で数学セミナーというオタク雑誌を初めて購入。ブルバキの話がちょっと載っていたから。ブルバキについてはシュプリンガー・フェアラーク東京という出版社から面白そうな本が出ていてかなりそそられてはいるのだが、2000円以上する本は原則として購入しないことにしているため、代用品の幕の内弁当として数学セミナーを購入。これが結構俺向きで面白い雑誌である。
ブルバキというのは個人名ではなく匿名の数学秘密結社である。数学秘密結社というとピュタゴラスがお馴染みだが、21世紀の現在もブルバキは存在するのだ。秘密結社といっても数学系の神秘主義者では決してないところも素敵である。

土曜日の曙ごろに若造が登場して漫画原稿のフィニッシュ作業をしている。日曜日の昼前にようやく作業が終了して、現在は茶の間で爆睡している。俺はこれからデートなので、とっとと帰って欲しいんだが、あんまり可哀想なのでひとまずこのまま放置している。ようやく俺のマッスイーンが自由に使えるようになったので、まずは日記といったところでした。